シャトー・ドゥ・サン・ジェルマンとその歴史

町とシャトーの歴史

サン・ジェルマン・デュ・プランの町の中央に位置するシャトー・ドゥ・サン・ジェルマンは、中世の城跡の上に建っています。アーチ型の地下室やワインセラーのあるシャトーの基礎部分、さらに「チャペル」の地下室は、地上の建物より3世紀ほど古いと言われています。

古くからの言い伝えでは、シャトーから約1km離れたところに建つサン・ジェルマン・デュ・プランのシンボルである中世の塔まで秘密の抜け道があり、現在でもその一部が数メートル残っているということです。シャトーの建物は、1830年代にボーヌでワイン商として成功を収めていたドゥ・ヴェルシェール家によって建てられ、ナポレオン様式の館とオランジュリー(冬の間オレンジ等の果物や野菜を保存する温室)が建造されました。1848年に現在のような左右対称の形に改築され、敷地内にオークや菩提樹、その他の珍しい木々がたくさん植えられました。

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20世紀に入ってからもドゥ・ヴェルシェール家によって代々受け継がれてきたシャトーは、この地域の重要な施設としてさまざまな歴史を見てきましたが、1970年代に最後の後継者であった二人の女性、「ドゥ・ヴェルシェールの令嬢達」が他界すると、状況は一変します。(令嬢たちの小さいときの写真がシャトーの入り口近くに掛っています。)

それから20年近くもの間住む人もなく、シャトーは荒れ果てた状態でしたが、1994年にジュネーヴ出身のドミニク・ハリス・マルクーによって引き取られ、大々的に修復され、1997年にはシャンブル・ドット(B&Bのような宿泊施設)として生まれ変わりました。2007年からは松岡ハリス 佑子とロバート・ハリス夫妻により、敷地と建物の第二回目の大改修が行なわれました。

町のシンボルとして、シャトーは地域伝統の再興に尽力しています。たとえばシャトーの正面階段で行う”ファンファーレ式典”、地域のお祭りやンサート、“コンスクリ(10歳ずつ歳の離れた人々が10年ごとに集い、共に祝う祭)”といった伝統的な行事のためにシャトーの門が開かれ、正面の庭に地域の住民が集います。結婚式を挙げたばかりのカップルが、シャトーを背景に記念写真を撮ることもたびたびです。こうした経験が、現在のフェニックス・ワイン・クラブの活動の基礎となり、会員をを「オノツーリズム」にお誘いすることができるのです。

さらに、ブルゴーニュのワインの旅には最高の立地で、コート・ドールの南に位置し、ボーヌまでは車で40分、そしてグラン・ヴァンの葡萄畑にも数十キロの圏内にあり、マコン地区やシャロン地区にも近いという地理的に恵まれた場所に建つサン・ジェルマン・デュ・プランの町に建つシャトーは、一泊の旅から数週間の旅まで、会員の皆様のブルゴーニュ滞在にうってつけの宿になることでしょう。